Ishii Hendrix 公式日記

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石井ヘンドリックスってどんなバンド?(1)


石井ヘンドリックスのライブを聴いたことがある人。いつ見てくれたかによって、イメージがまったく違うと思う。最初のライブは、だいたい市民運動のイベントの余興で、公民館。その後も野外とかそういうとこばかり。そのころは、石井ヘンドリックスが都内のライブハウスで演奏するなんて、考えもしなかった。。。

あ、活動履歴はここにもありますね。

最初はエレキギター、キーボード、打ち込みドラム(PC98用 レコンポーザ!)、場合によってベースもあるポップ(笑)なバンド。95年にやった二回のライブはその構成。これを見たことある方は、非常に貴重。初のライブは、徳島の山の上。二度目は、一応都内だが、ライブハウスではなく、シンポ会場。二回とも、ちはるさんちから、PA機材持ち込み。
徳島は、村をあげてダム計画に反対していた木頭村(今は那賀町)の方々を応援に行こうと押しかけライブ。オリジナルメンバー三人に加え、シーケンサーのノートPC、さらに大阪のミュージシャンの井上卓さんも、一部の曲に参加してくれた。このダム計画は幸い、関係者の頑張りにより明確にストップされた。

二度目のライブは、小笠原空港計画を巡るイベント(23区内でやったんだけど)の余興として、オリジナル曲をやったんだった。徳島ライブの次の週くらいだったっけ?その主催者の有川美紀子さんとは、曲の合作までやったのだった。タイトルは、「見送りの日 ~君の胸の中の小笠原」。これは、今でも好きな曲。「いるかと遊ぼう」という曲もあったなぁ。
このライブでは、オリジナルメンバー三人に加え、ほぼオリジナルメンバーだった小夜ちゃん(紅一点だよん)もキーボードを弾いていた。その時から、変なバンドだったろうなァ。

それはともかく、この空港計画はうやむやな感じに。。。島に住む人の幸せ、世界的に見てどう考えても貴重な自然。このバランス。とてもとても考えさせられる経験だった(ワタシ自身は小笠原に行ったことがない)。ただ反対すればいい、そういうことじゃないんです。空港計画は一つの現象に過ぎず、島に暮らす人々、あの貴重な自然を守ろうとする人々の挑戦は続いているようです。

次は97年にやった野外イベントの余興コーナー。その時は、ちはるさんとアコギ2本、シーケンサーも曲によっていれた記憶があるが、完全にフォークデュオ。これ、イベントの様子が新聞に写真付きで載ったりしたんだよなァ。このイベント、横須賀市の大楠山という市民に親しまれた自然多い所のそばに神奈川県が産廃処分場を作る計画があって、それに疑問を持ってる方々のイベントだった。ワタシはこの運動に当時ずいぶんのめり込んだが、力足りず、結局、処分場は完成してしまった。

97年頃には、エレキギターのエリー谷口はお仕事でニューヨークに住んでたし、二人でやらざるをえなかったですな。エリー、ニューヨークへ行く、については、その辺はライブでもネタになるかと思います。それに関係したうたもあるし。

まぁ、その間、音楽活動としては、細々とワタシひとりで結婚式ソング作って演奏したりしてました。ちはるさんも、結婚式ソングは作ったりしてたかな。
この頃作った曲を改めて思い出すと、やはり曲作りで行き詰まってたのがよくわかる。
結婚式ソングが多いが、その曲をよいと言ってくれる人もいたし、自分でも改めて「悪くない」と思うからアレなんだけど、一言でいうと、無意識に手を抜いている。いや、もう一段よい曲にするためにどうすればよいのか見失ってる、そんな感じ。やっぱり、エリー谷口のギターがあり、それが刺激になってちはるさんが、もう一段面白い要素を入れてくれる、ということが自分の曲作りによい好循環をもたらしていたのだが、それがなくなったのは大きかった。
「肥後橋を渡る恋」という最初の曲は、それなくして作った曲だけど、それに続く曲は、3人でつくりあげた曲ばかり。もう2曲目から、ワタシはバンドマンになってたんですね。

そんな時でも、ワタシの曲を好き、よい、と言って楽しんでくれた人々に改めて感謝(/ _ ; )。

それはともかく、9月11日のライブでは、初期の頃につくった曲、「ダムができる」「緑の風に」
「カナデル・ギター(DFA)」をやる予定です。

そして、21世紀に入ってから転機が訪れます。

(多分、続く)

写真は、去りゆく夏を惜しんで、江ノ島の写真です。
「去りゆく夏に アクセル踏むよ 緑の風に さよなら~♪」♪( ´θ`)ノ(緑の風により)
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by Ishii-Hendrix | 2010-09-01 23:37 | 自分たちの音楽のこと

石井ヘンドリックスメンバーによる公式の日記です。


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