Ishii Hendrix 公式日記

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肥後橋を渡る恋



この間、このブログに、ワタシの大学時代のユニット「五十歩百歩ブラザーズ」のことを書いて思い出した。ワタシのミニアルバム「政権交代」に入っている「肥後橋を渡る恋」は、そもそも五十歩百歩ブラザーズで演奏した曲でした。
肥後橋を渡る恋は、大学時代の友人カップルに贈った結婚式ソングで、そのカップルが二人とも大阪の「肥後橋」駅の近くにある会社で勤めていた頃のラブラブな様子を歌った曲です。偶然だけど、この二人が働いていた肥後橋駅のすぐ近くで、ワタシも勤めていました。地下鉄・肥後橋駅のホームでよく、奥さんの方とバッタリ会って、「今日は○○でご飯たべたんよ」なんてたわいもない話しを聞いてたことがモチーフになりました。

この「肥後橋」、ワタシにとって、とても思い入れのある地名です。





大学生3年生の冬、ワタシは自分が志望する分野での就職に必要なスキルを身につけるため、あるセミナーに通い始めました。それが開講されていたのが、肥後橋駅の真上にある朝日新聞社の大阪本社でした。そこの講師の方から学んだことはたくさんありますが、一番大事なことは、通い終わってから半年後くらいに、ある日突然「こういうことかっ」と納得できたことを覚えています。そこで体得したものの考え方が、今でも自分を支えています。
 
 大学を卒業して就職したのが、朝日新聞社ビルの隣の「住友中之島ビル」にある会社でした。はい、歌の中に出てくるビルです。その会社は、一年半で転職してしまったし、志望と違った職種で入社しました。だけど、電話のかけ方から始まって、営業のためのアポの取り方、四季報の読み方、パソコンの使い方などなど、仕事をしていく上での基礎を教えていただきました。本当に感謝しています。もちろん、イヤなこともあったのですが(そのためにやめたわけではない)、今から考えれば小さなことで、貴重な体験だったと思います。

いろんな意味で、「肥後橋」はワタシの原点なんです。

 そして、「肥後橋を渡る恋」。これは、大阪を離れてから1年くらいしてから作った曲です。その頃の自分は、自分で希望して関東に来たにもかかわらず、「大阪はよかったな」とばかり考えていました。肥後橋を渡る恋をつくったことで、東京で就職していた今の石井ヘンドリックスのメンバーと、「バンドをつくろう」と言って頻繁に集まることになりましたが、そのおかげで関東での暮らしがずいぶんと楽しくなりました。率直に言って、それがなかったら、自分はおかしくなってたか、逃げ帰っていたかもしれません。
 
 そういうこだわりと、思い入れのある曲を、15年以上、歌い続けています。その後につくった自信作はいくつかありますが、それらを並べて聴いてもらっても、「肥後橋が一番好き」と言ってくれる人は今でも多いです。ハタチそこそこの時につくった曲を超えられないのか、と思うと複雑な思いもないではないですが、素直にうれしいです。ありがたいことです。
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by Ishii-Hendrix | 2010-07-12 07:18 | 自分たちの音楽のこと

石井ヘンドリックスメンバーによる公式の日記です。


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